So-ma-tO

「快斗!」
 幼馴染の青子に、いつものように、いつもの教室で、いつもの調子で呼ばれる。 こーゆーとき俺は、決まって不機嫌そうな態度で「んだよ、青子」と返す。 もう何十回、何百回と繰り返された、コンピューターにインプットされたような、いつもの行動。 大抵この手のトーンで切り出される話題はいつも突拍子も無い内容で。 例外なく今日も青子は素敵な話を持ちかけて下さった。
「なによー。その不機嫌な態度は! せっかく青子が一緒にハングライダーしに行こうって誘おうと思ったのに!」
 …そらきた。 この間はいきなり「トロピカルランドへ行こう!」で、その次は「スキューバダイビングに行こう!」。 今度はハングライダー? 青子のヤツ、自分が運動オンチだってこと自覚してんのか、してねーのか。 この突飛なアイデアに俺は
「何でハングライダーなんだよ…。」
 とごく自然の疑問を投げかける。 そーじゃなくたってキッドとして仕事をするときは嫌でも使わざるを得ないというのに。
「出来れば違うスポーツがいいかなー、なんて。」
 俺の甘い期待を他所に、青子はこんな素敵な動機を語ってくださった。
「駄目よ!ハングライダーじゃなきゃ。 私がハングライダーで飛べるようになったら、いつかキッドのヤツを捕まえてやれるかもしれないでしょ!?」
「……;」
 青子様の考えは毎度の事ながら俺を楽しませてくれる。 全く父娘そろっていい性格してる。
「あのなぁ、キッドがハングライダーなのに、青子もハングライダーでどーするんだよ。 何かを捕まえたいなら、それ以上のスピードで追いかけねーと。同じスピードじゃ追いつくわけねーだろ?」
 俺は今にでも笑い出したい衝動を抑え、 ちょーっと考えればすぐにでも分かりそうな事を分かりやすく説明して差し上げた。
「あ、そっかぁ。」
 青子らしい間抜けな答え(それがまたイイんだけどよ)。
「け。ま、例え青子がハングライダーより早いものに乗れたとしても、キッドが捕まるわけねーけどよ!」
「なにそれー!」
「まったく。青子の気まぐれに付き合ってられるほど、暇じゃないんでね。」  俺は"青子と遊んでなんかいられませんー"とばかりに、右手をぶらぶら振った。 それを見た青子は相当頭にきたらしく、両手をグーの形にして握り締めると、
「もーいーよ!快斗なんか誘った青子が馬鹿だった!」
 といつものように言い放ってくださった。そして、いつものよーに"俺が行かざるを得なくなる呪文"を唱える。 ある意味、紅子のそれよりも強力な一撃を。

「いーよ。快斗が行かないって言うんなら、白馬君誘うから!」



 当然、青子を白馬のヤローとデートさせるわけには行かない。 俺はしぶしぶハングライダーデートを約束した。 いや、俺が行きたいの分かってて、わざと青子はああいって見せた。 青子ちゃん?そーいうのを"確信犯"って言うんだぜ?





「…分かりましたか?では、以上のことを踏まえて実際に飛んでみましょう。」
 俺たちに一通りレクチャーをし終え、インストラクターが言った。 ここは街を離れた山の中。 普通ハングライダーはこういうところで行うんだろうが、いつも街中ばかり飛んでいる俺にとっては、逆に新鮮な環境だった。 その清清しい空気をいっぱいに浴びると、いつもの、窮屈な生活が嘘のように感じられた。
「えーっと、彼のほうは経験者だったよね?」
 インストラクターが、申込書を覗き込みながら俺に尋ねる。 もちろん、"バリバリ毎週使ってます!"なんて口が裂けてもいえないので、
「えぇ、まぁ。半年くらい前にかじった程度ですが」
 と曖昧に答えておいた。 その答えに、青子は
「えー?ずるーい!青子も連れてきてくれれば良かったのに!」
と無理な事をぼやいた。
―あの頃は親父の後を継いでキッドになったばかりで、無我夢中だったから、逆立ちしてもそんな余裕は出てこなかった。 なにしろ、一歩間違えば監獄行きの仕事なだけに(給料出ないし、保険もないし!)、一番手っ取り早い 逃走手段はマスターしておく必要があった。「……」。そんなギリギリのときに青子と来てなんからんねーよ! と、俺も心の中だけでぼやいておいた。

「じゃー彼は一人で飛べるかな?それとも、インストラクター付きの方がいい?」
 まー、親切なインストラクターさんで。 せっかくの申し出だったが、「一人で飛んでみます。」と笑顔で答えておいた。 悪いけど、その人よりよっぽど上手に乗りこなす自信があったし、何・よ・り! 男二人で乗ってもなぁ…。 青子はまったくの初心者あろうから付き添ってもらうだろうけど。 …ちょっとインストラクターが羨ましかったりして。

「僕の後についてきてくださいね。」
 そう言い残すとインストラクターは青子とともに飛び去った。 雄大な自然をバックに瞬く間に小さくなっていく羽根を見つめていた。 こんな眺めのいいところだったら―監獄が隣り合わせでないのなら―ハングライダーも面白いよな、などと考えながら。 はっと我に返ると見えるのは豆粒くらいの大きさの青子の羽。
「やべ、おいてかれる;」
 俺は急いで深緑の中に飛び込んだ。

見渡す限りの緑・みどり・ミドリ。 どんな癒し系アイドルなんかよりもよっぽど癒されるその姿に感動を受けた。
「たまにはこんなトコロでのんびり飛んでみるのもいいもんだな。」

 大抵、仕事でこいつを使うときは何かしら、事態が緊迫している事が多い。 最近はスネイクとか言うやつらにしつこく付きまとわれていたし…。 そう、あの真っ黒な服を着込んだあの連中に――







『― パシュ、パシュ ―』







 腹の辺りから血がものすごい勢いで噴出していた。
 ―― あれ、いま俺、青子とデートに来てたんだよな?
 あたり一面が快斗自身の血で真っ赤に染まり、彼の白装束もまた、真っ赤に、真っ赤に染まっていた。
 ―― …、キッドの衣装…?そうだ、今、最後の仕事をしてきた所だった。
 ここはアメリカ。
 彼はたった今、あの組織を壊滅させ、パンドラを手に入れたところだった。
半年前、誰にも告げずに渡米していた快斗は、学校へ行く事はもちろん、青子に会うことすらなった。  ましてやデートなんて出来るわけが無い。
 そう、全て、もう届かない遠い日の記憶。
 懐かしい、想い出。
 ―― あぁ、今のは俗に言う走馬灯ってヤツか。
 さっき快斗を撃ったのは組織の残党。
 やっと日本へ帰れる。そう確信した矢先の出来事だった。
 ―― け。そーまとーを見たって事はもう先は長くは無いんだろう。
 快斗は自嘲気味にそう思うと、もう半分動かない手を無理やり背広に突っ込んだ。
 ―― そういえば、あの後手を滑らせた青子がハングライダーから落っこちて、
     それを俺が助けて…
     それからどうなったんだっけ?

 彼の右手が、ようやく月の涙を見出した。
 ―― こいつを飲めば、不老不死が手に入る…。
 快斗は、あんなに馬鹿らしいと思っていた「不死」という響きに憧れを覚えた。
 が、次の瞬間。もう動かないはずの顔がほころんだ。
 ―― 俺には興味無いね。
 「青子の幻影も見られたしな、」と彼は心の中でそう付け加え、今度こそ最後の力で命の石、パンドラを破壊した。


「もっと硬いのかと思えば、簡単に壊れちまいやがんの…」

 そして、眼を静かに閉じると ―――
 彼 ―黒羽快斗はそれ以上動かなかった。

 もう戻れない、日常に想いを馳せながら…


END----


あとがき
前半と後半のギャップがもはやギャグ。
イラスト描いてて、後半部分が先に浮かんできました(何故!?)。
やっぱり私は"アン・ハッピーエンド"が好きなようです。
一番好きなはずの快斗を苦しめて、殺してしまった(^^;
私って変態!?(あわあわ、そんなはずわ…)

2003.4.4 完成
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