コスモスの咲いた丘

 ざざざ...ざざざ...
 波が崖を打ちつける音が聞こえる。

 空が青く晴れわたった昼のこと、ジェフはトレーシーアイランドで一番みはらしの良い丘の上に、一人やってきていた。

「ここに来るのも久しぶりだな…」

 磯の香りを含んだ微風がジェフの頬をなでる。
 日々の任務と雑務に追われ、長らく自由な時間を持てなかったジェフだった ―もっとも、今も仕事の最中に抜け出して来ていた― が、おおよそ一ヶ月ぶりになるだろうか。 引き寄せられるようにその場所を訪れていた。

 ジェフの前には小高い丘の上に置かれた、小さな、それでも磨き上げられた美しい十字架。 整然とした雰囲気の中にとけこんでいたそれには、ジェフの妻の名、ルシル・トレーシーと刻まれている。

「悪かったね、ずっと来られなくて…」

 ジェフは妻にそうささやきながら、素朴な、可愛らしい花束を妻のもとにそっとささげた。

「綺麗だろう?昨日スコットが買ってきてくれたんだ」

 その花は風を受けて静かに揺れていた。
 息子たちの成長を見ることなく、この世を去ったルシル。

「皆、たくましく、優しくなったよ。スコットもジョンも、バージルも。赤ん坊だったゴードンもアランも、だ」

 ジェフは誇らしげに微笑むと、静かに目を閉じた。

「君の息子たちは皆立派に育ってくれた。
 しかし、私は…。私は、変われただろうか?」

 閉じたまぶたの裏側に、美しいほど真っ赤な炎と、すべてを失ったどす黒いもやが見える。

「夢を、みたんだ…

 昨晩、幾度となくみた、あの悪夢を…。
 炎上するビルから、恐ろしい量の煙がもくもくとたちあがり ―

 町中から引っ張られた消化用水はやがて底をつき、何をすることのできない赤い車が、置き物のようにならんでいた。 防火服に身を包んだ隊員たちは大きく膨れ上がった炎を、力なく見守るばかり。
 そして私も…また同様にそこに立ちつくしていた。
 まだ幼かった息子たちは大きな瞳に大粒の涙をいっぱいに浮かべて私の足にしがみついていた。

『ママが……ママが中にいるのに!!』

 私は何もできなかった。
 君を愛すると、一生守ると誓ったのに…!
 空軍の隊長?名誉ある宇宙飛行士??
 そんなものがいったい何だというのだ。
 私は最愛の貴女(ひと)が苦しんでいるというのに、何もできないではないか!

 自分の非力さが悔しくて、情けなくて。
 私は涙を流すことさえできなかった。
 ああ、巨万の富が、いったい何だというのだ!

 結局、ビルの跡からはルシルの遺骨さえも見つからず、 大きな支えを失った私は、仕事を続けることはできなかった。
 何をする気も起こらず、ただ、自分を疎ましく感じる日々が続いた。

 あの日の悪夢が、今も消えない。

 ―…

 国際救助隊を作ってから、…しばらくあの夢はみていなかった。
 あんな悪夢を二度と繰り返すことのないように国際救助隊を作ってからは…」

 ジェフの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
 いつも気を張って国際救助隊を指揮しているジェフの瞳から…。

「なあルシル?私は変われたのかな…?」

 何も語らない墓標の前で、ジェフはいつまでも問いかけ続けていた。



「パパ、パパーぁ?」

遠くからジェフを呼ぶ声が聞こえる。
独特な聞き取りやすいトーンのそれは…ジェフの息子、ジョンの声だ。
その声は、丘のふもとからまっすぐと、迷うことなくジェフの元へやってきた。

「やっぱりここにいたんですね」
「…よくここがわかったね」
「だって、…あんな事故の後でしたから」

ジョンは静かにそういうと、ジェフの隣に立つ。

「ジョン…。なぁ、私は変われたのかな?」

ジェフは解などない問いを今度は息子に向けた。
息子の中で一番ルシルの影をその外見に受け継いだジョンに…。

 まるであてつけるかのように起こった、トンプソンビルの大火災。
 世界一とうたわれたそのビルの倒壊は、あまりにも酷似しすぎていて…
 ずさんな管理、閉じ込められた被害者。
 救いを求める声が聞こえるのに、現場は見ているだけで何もしない ―何もできない。

 ジェフがすべてを語ることなく、ジョンは父の心中を悟った。
 ジョンもまた母親の死を間近で見、それなりに物事を理解できる年齢だった為、 幼かったとはいえ、大きなショックを受けたに違いない。
 何もできないもどかしさは、ジョンもまた感じていたはずだ。

「ママが死んだときのこと、僕もまだ鮮明に覚えています。 この間のトンプソンビルの火災を見て…やっと忘れかけていたのに…また思い出してしまいました」

 ジョンは捧げられた花に眼を落とす。

「もっとも僕には、スコットの無線を通してビルの燃える音と、崩れる音しか聞こえませんでしたけど…」
「……」

 あまり父に意見などしないスコットがジェフに言った。
『ガスが使えないなら、救助をあきらめて帰るしかありませんね』

 …スコットも必死だった。
 助けたかったのだ、その親子を。
 救いたかったのだ、過去の、自分たちを…。

「きっとスコットも思い出したんでしょうね」

 墓にたむけられた花は綺麗にゆれていた。
 任務のあと、滅多なことのない限り寄り道なんてしないスコットが買ってきた、小さな…花。

「大切な息子たちに、すばらしいメカ…。
 最高の仲間たちと、最高の組織を作り上げることができたのに…。
 それでもまだ不安になるんだ。
 私はルシルを救えるのだろうか…?
 あの日の出来事が、何もできなかったあの日のことが、忘れられないんだよ…」
「パパ…」
「ジョンはどう思うかね?今の私は…―」

 そのあとは声になっていなかった。
 いつもは気丈な振る舞いをしているジェフが見せる、弱々しい一面…
 ジョンは青い空を見上げた。

 白く、美しい入道雲が地平線のかなたに広がっている。

「…トンプソンビルの災害への対応は、…それはひどいものでした。
 非常用設備はすべて故障、そのうえ、火災があったにもかかわらず客にはその事実を隠そうとしたんですから。 あれで世界一を名乗っていたんですから、世界のレベルなんてたかが知れています」
「……」
「それでも、国際救助隊の活躍で地下の3人の命は助けられた」
「ジョン…」


「その…僕がこんなことを言うのはおごましいかもしれないけど…でも、
 今のパパは、きっとママも助けられます。…僕はそう信じています」

「………………」

 ジョンの言葉は、強く、深く、ジェフの心に響いた。

「ありがとう…」

「でも、今回の事故で、改めて世界にはまだ国際救助隊が必要だとわかりました。
 これからも助けを求める人のために…頑張りましょう」
「…ああ」

 そうだ、泣いてなどいられない。
 ジェフは涙をぬぐうと、晴れやかな笑顔を見せた。

 そののち、2人して何も言うことなくルシルの墓に祈りを捧げた。

 なあルシル…?
 私は、今、とても幸せだ。
 君の残してくれた可愛い息子たちとともに、すばらしい仕事ができる。
 感謝の気持ちでいっぱいだ。

 ありがとう…



 鳥のさえずる声がきこえる。

「ところでジョンはどうしてここに来たんだね?」
 しばらく祈り続けていたジェフだったが、思いついたようにジョンを見上げた。
「何か用事でもあったんじゃないのか?」
 ジェフのその言葉で
「……あ」
 ジョンは思い出した。

「た、大変ですパパ!」
「緊急のことか!?」
「ええ、実は…

 キラノが昼食に『ウドン』とかいう日本料理を作ってくれて、 早くしないと『ノビ』て不味くなるからって、パパを呼びに来たんです!」


・・・・・・・・・


 なあルシル?

 私はとても幸せだよ?


END----


あとがき
 思いがけずパパ+ジョンネタです。

 TBの不思議に、ジェフの妻、ルシルのことがよく挙げられます。 私は別にTBの研究家なわけではないので(むしろ妄想家/笑)、どんな人だったか詮索するつもりはまったくないけども。 先に読んだ「TBで少々〜」中では、ルシルの死因はジェフの性欲のせいだ、とありました。 実際、私もそんな気がしないでもないのではじめはそれで納得してたんですが(ぉぃ!)、 徐々にルシルの死と国際救助隊が関係あるのではないかと思うようになりました……結果がコレ(笑)

 何しろ、時間の合間を縫ってルーズリーフに書き殴ったので所々話の流れに無理のあるところもありますが…; それでも、私の中では、花に込めたスコットの描写は気に入っています。 というか、初めてトンプソンビルの回見たときから、スコットがパパを脅迫しているのが 気になって気になってたまらなかったんですよね(笑)

 あと、最近になって初めて気がついたのが、トンプソンビルの救助が終わって、皆がラウンジに集っていたシーン。 あのバックにジョンがいたのですね…! そのシーンを発見した後に、この話が大きく書き直されました。 はじめはジョンから通信が来て、パパが例のアルバム型通信機を使用するシーンとかも考えてたのですけど。 まーでもそのお陰で『ウドン』ネタが取り込めて私は幸せです(爆)。 アルバムは次回に回しましょう。

 ちなみに、タイトルの「コスモスの咲いた丘」の「コスモス」は、倫理の用語集より拝借しました。 「コスモス」というのはもちろん「秋桜」のことではなくて。 混沌とした状態から物事の区別が生まれ、秩序が保たれた調和のある状態が生まれることを指しているんだそうです。 この話では「ジェフのルシルを救えなかった過去からの脱却」を主に描きたかったので、なーんとなくそれっぽいかなと思って(ぉぃぉぃ)。 本当は、生死は繰り返され、人間は逃れることのできない苦の中にいる、という輪廻転生(多分)からの脱却と掛けて、 「解脱」(輪廻から脱却し、永遠の生命と安らぎを得ること)ってタイトルにしようかな、とも考えたのですが、 今までのTEXTのタイトルから考えて、「解脱」は流れ的に変だと思ったので(^^;
 …ということで、熱帯にコスモスなんて咲くんかいなという突っ込みはナシの方向で(笑)

2003/9/18 なへめろ
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