僕と宇宙ステーション
どかりと大きな荷物を足元に置くと、ラウンジにの中央に置かれているソファに、僕は独り腰を掛けた。
目の前には笑顔のパパがデスクに腰掛けている。
「アラン、準備は良いかね?」
準備は出来ているが、良いことなんて一つもない。
しかし、…それはただのワガママだ。
「はいパパ」
僕はそういうと、むりやりにこりと笑った。
「さあ、出発だ。一ヶ月、頑張ってくれよ」
パパがデスクの脇にあるスイッチを入れると、僕の座っているソファが下方向へと動き始めた。
どんどん小さくなるパパを見上げながら、僕は一ヶ月という長すぎる時間に押しつぶされそうになるのを必死でこらえた。
今日は宇宙ステーションのジョンと、宇宙勤務の交代日だ。
国際救助隊って知ってる?
世界中で困っている人たちを、国・身分・人種・宗教・思想などに関わらず無償で助ける、夢のような団体のことさ!
その救助範囲は、陸海空はもちろん、宇宙空間だっておまかせ!
これまでに何人の命を救って、どんなに感謝の言葉をもらったかわからない。
あ、でも国際救助隊のことはあまりおおっぴらには出来ないんだよね。
なぜなら、ブレインズの作ったサンダーバードをはじめとする、ハイテクな救助装備を悪用されたらいけないから!
だから隊員の他に国際救助隊の正体を知るものは居ない。
まー、それが少々歯がゆかったりするんだけど、でも、国際救助隊は最高の仕事だろ?
僕はこの組織の一員で居ることを誇りに思う。
そして、とても嬉しく思う。
……この仕事さえなければね……
僕はサンダーバード3号から、遠く広がる宇宙を見て、何度目かしれないため息をついた。
ああ、こんなにため息ばかりついていたら幸せがどんどん逃げていっちゃうよ…。
そう思い、僕はまたため息をついた。
僕の周りには、深く暗い宇宙が延々と続いている。
そりゃあ僕だって宇宙飛行士を目指していたから?宇宙は好きだ、いや、嫌いじゃない。
だけど誰かさんと違って僕は学者じゃないんだ。
1ヶ月も星にばかり囲まれていて何が楽しい?
そしてまたため息をこぼした。
本来なら宇宙空間での救助活動に使うはずのサンダーバード3号が、
宇宙にぽっかりと浮かぶサンダーバード5号と地球との間でタクシー代わりに使われている。
僕は、本来の機能を発揮できないで居る3号を可哀想に思った。
…まるで僕みたい。
過去には無敗を誇るチャンピオンレーサーだった僕が、
何故1ヶ月もたった独りで退屈な宇宙ステーションにこもって電話交換手みたいなことをしなきゃいけないんだ。
確かにこれも国際救助隊の仕事に変わりはないんだけどさ…。
最近、何かにつけてスコットやバージル、そしてゴードンが遠い存在のように思う。
いつも地球にいる事の出来るスコットたちのことを羨ましく、そして少々妬ましく感じていた。
大好きな兄弟を、そんな目で見ることはしたくない。
でも、そうでもしなければ腹の虫がどうにも収まらないのだ……。
昨日の夜のことだったか、僕は他の兄弟たちと一緒に、夜の連続ドラマを見ていた。
その内容といったら、現代社会に対する風刺と言った、まあ、ありきたりで先の展開も見え見えだ。
けれど楽しんでいないと言ったらそれは嘘だ。
証拠に、僕ら兄弟はトレーシーアイランドに来てからこの習慣を変える事はなかった。
だがそれはドラマの内容の為じゃない。
それを見ながら交わす、一種の討論が好きなのだ。
討論とはいっても、あの女(ひと)は彼の方が好きに違いない、とか、あの男の行動の理由が分からないとか、何とか…。
確かにそれもくだらないと言えばくだらない話だけれど、この手の会話はその時々の体調とか、気分とかで意見も変わる。
それが面白かった。多分、他の皆も同じなんだろう。
だから誰が呼ぶでもなく、毎週欠かさずその時間になると、ラウンジのテレビの前に皆集まる
―各々の部屋にもテレビはあるのに。
まー、そんな話はともかく、昨日もまた皆でテレビを囲んだ。
話の内容はもうあまり覚えていない。いつも通り他愛のない話だ。
皆がラウンジに集まった丁度1時間後、…エンディングのスタッフロールが流れ終わると、スコットは静かにテレビを消した。
「あーあ、ここで終わりかぁ」
ちぇ、と文句を垂れたのはゴードンだった。
そういえば確か主人公の女性が2人の男から言い寄られて困惑しているシーンで終わった。
「仕方ないよ。続きの気になるような終わり方させなきゃ次の視聴率も取れないしね」
笑顔を浮かべてバージルが応えた。
「だってさー、…。あー!来週が楽しみだなぁ!」
ここで時間が止まった。
スコットとバージルがハッとした顔でゴードンを見、そしてゴードンはそんな兄たちの態度を見て「しまった」と口を手で押さえた。
…僕の方を向きながら。
僕は来週の今頃、独りぼっちで宇宙ステーションだ。
僕にとって来週とは、なんて遠い日の事だろう…。
想像もつかない絶望に、ただ身を震わせた。
スコットたちは、宇宙勤務前の僕の前では決して「来週は〜」だの、「明日は〜」だの、そう言った言葉は発することはなかった
(ジョンの前で彼らがどんな態度を取っているのか、それは僕の知るところではないけれどきっと僕と同じなのだろう)。
もちろん、ゴードンもだ。
昨日はただ、ゴードンが誤って口を滑らせただけ。
分かってはいたが、彼らが、ずっと地球にいられる彼らが、羨ましかった。
そして、僕に対して取り決めたような態度を取る彼らが、…ちょっぴり妬ましかった。
なんで宇宙ステーションなんてあるんだろう?
―それは世界中からの救助要請をもれなくキャッチするため
どーして僕がこんなことしなきゃならない?
―1・2・4号のパイロットが居なければ、救助活動なんて出来はしない
スコットの代わりに現場で冷静に命令を出し、その責任を総て負うなんてこと、君に出来るかい?
バージルの代わりに何千、何万もの被害者の命を一手に預かった時、プレッシャーに打ち勝つことが出来るのかい?
ゴードンの代わりに海難救助を行うことなんて出来るのかい?
…わかっている。全部分かっているんだ。
だけど、でも、そうしなきゃ、理由を作らなければ、そんな長い間、空虚な時間を過ごす事など出来はしない。
僕はそんなに強い人間じゃない。
僕はまた1つため息を落とした。
そろそろ宇宙ステーションに到着だ。
「サンダーバード3号から宇宙ステーションへ…」
僕は無線機を手に取るとジョンに連絡を入れた。
いつにも増して、声が低くなってしまっているような気がする。
『こちら宇宙ステーション。サンダーバード3号、どうぞ』
久しぶりに聞いたジョンの声。
そういえばここ何ヶ月かの間は宇宙ステーションからの救助要請はなかった。
ほとんど、テレビからだったり、ラジオからだったり…、驚いたことに、
直接トレーシーアイランドまで電話連絡で救助を求められた事さえある位だ。
こうなると宇宙ステーションの存在意義に疑問を投げかけずにはいられない。
……。
『サンダーバード5号からサンダーバード3号へ、アラン、どうした?応答願う』
その声に、僕は自分が無線機を手にしたまま固まっていたことに気がついた。
「ああ、ごめん。そろそろ到着だ。ドッキング準備をお願い」
『了解』
ジョンは軽やかにそう言うと、無線を切った。
よっぽど地球に帰れるのが嬉しいらしい。
僕が操縦パネルの隅にあるボタンを押すと、3号は5号の方向へくるりと旋回を始めた。
5号とのドッキングには、しばらく時間がかかる……。
3号の窓から見える5号は、静かに宇宙に佇んでいた。
機体全体を囲むようにして取り付けられている重力発生装置に、大きく「5」と書かれた3号とのドッキングハッチ…。
機能はもちろん、デザインだって、他のどんな宇宙船とも引けを取ってはいない。
他のサンダーバードにも当てはまることだったが、「才色兼備」とはこういうことを言うのだろうか。
通常なら何十、何百といった人数で行われるであろう、メカの設計。
そのシステム設計から、デザインまで全てを独りでやってのけたブレインズはやっぱり「天才」なんだな、と改めて思った。
ドッキング完了までの間、僕はそうやってぼんやりと5号を眺めていたが…、やがて1つの疑問を抱いた。
…どうして5号に「望遠鏡」が必要なんだ?
5号はもともと、地球からの救助信号を受け取るはずのものだ。……。
やがて、その疑問は宇宙勤務に対する苛立ちもあいまって、僕の中で怒りに変化していくのが分かった。
…よく考えれば、5号を有人衛星にする理由なんて、何処にもない。
5号で受け取った通信を、トレーシーアイランドまで転送すればよい。
常人より50年も先を行く脳を持っているブレインズだ。
そんなことくらい、簡単なはずだろう?
そうだ、無人衛星にすれば、単なる通信の中継点にすれば、僕も宇宙勤務をすることはない。
国際救助隊としたって、宇宙ステーションとトレーシーアイランドの間を3号で何度も往復しなければ、
燃料費の節約にだってなるじゃないか。
やがて、僕の脳裏に一つの仮説が浮かんだ。そして、僕は確信した。
「…5号はパパからジョンへのプレゼントだったんだ…」
笑いが止まらなくなった。
そうだったんだ。そうに違いない。
ジョンはパパにとって可愛い息子だ。
頭脳明晰、スポーツ万能…。パパの後を追ってハーバードを出て、そのうえ4つも著書を残した有名人だ。
おまけにママにそっくりとくれば、パパがジョンを嫌う理由なんて何処にあるだろうか?
5号は可愛い息子へのプレゼント。
宇宙が大好きなジョンだもの。これ以上のプレゼントは無いんじゃない?
なら…、僕は完璧に被害者だ。
なぜ2人の勝手に付き合わされなければならない?
To be continued----
2004/2/6 なへめろ